東京高等裁判所 昭和53年(ネ)2647号 判決 1980年12月15日
(旧商号 宝不動産株式会社)
控訴人(附帯控訴人)
株式会社新星社
右代表者
菅住江
(旧商号 太陽興業株式会社)
控訴人
新生実業株式会社
右代表者
菅春貴
右両名訴訟代理人
小室貴司
被控訴人(附帯控訴人)
嶋田藤左衛門
被控訴人(附帯控訴人)
嶋田八重子
被控訴人(附帯控訴人)
嶋田藤一郎
右三名訴訟代理人
伊藤清
同
伊藤憲彦
主文
一 本件各控訴を棄却する。
二 (附帯控訴に基づく新請求に対し)
控訴人(附帯被控訴人)株式会社新星社は、被控訴人(附帯控訴人)嶋田藤左衛門に対し、別紙物件目録一記載の土地につき、被控訴人(附帯控訴人)嶋田藤左衛門、同嶋田八重子、同嶋田藤一郎に対し、右物件目録二記載の建物の各共有持分三分の一につき、それぞれ真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
三 訴訟費用は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)株式会社新星社及び控訴人新生実業株式会社の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら(株式会社新星社は控訴人(附帯被控訴人)、以下「控訴人」という。)
原判決を取り消す。
被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)らの本訴請求中別紙物件目録二記載の建物に関する各請求部分を却下する(本案前の申立)。
被控訴人らの控訴人らに対する請求及び附帯控訴に基づく新請求をすべて棄却する(本案についての申立)。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
との判決。
二 被控訴人ら
主文同旨の判決。
(被控訴人らは、附帯控訴に基づく訴の変更により、原判決主文第四、第五項に対応する訴を取下げた。)
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 別紙物件目録一記載の本件土地はもと被控訴人藤左衛門の所有、同目録二記載の本件建物はもと亡嶋田い〓(以下「いそ」という)の所有であつたところ、京浜糖業株式会社(設立当時の商号は新島藤澱粉化学株式会社であつたが昭和三三年一〇月一六日右のごとく商号変更をした。以下「京浜糠業」といい、商号変更前の右会社を指すときは「新島藤」という。)は昭和三五年一二月一〇日、申立人(根抵当権者)・株式会社千葉銀行、債務者・島藤澱粉化学株式会社(以下「旧島藤」という。)、根抵当権設定者(所有者又は共有者)・いそ、被控訴人嶋田藤左衛門(以下「被控訴人藤左衛門」という。)ほか間の千葉地方裁判所八日市場支部係属の任意競売事件において本件土地(ただし、当時はその地番を異にする。)及びその地上に存する本件の建物(ただし、当時はその所在地番を異にする。)を、他の共同根抵当物件たる工場等の建物とその敷地とともに一括して競落し、その所有権を取得し、昭和三六年一月一四日その旨の登記を経た。
2(一) 京浜糖業の代理人である菅貞人(以下「菅」という。)は、昭和三四年五月一日、いそ及び被控訴人藤左衛門との間で、当時京浜糖業が自社工場及び敷地等に当てるため競落して入手することを予定していた前項の不動産のうちの本件土地、建物について、右の競落の場合は、本件建物をいそに、その敷地である本件土地を被控訴人藤左衛門に売渡す旨の契約を締結した。
仮にしからずとするも、京浜糖業はいそらとの間で、右不動産を贈与する旨の契約、あるいは右不動産の所有権を移転することを内容とする和解契約を締結した。
(二) 京浜糖業は、前記のとおり本件土地、建物を競落により取得した。
(三) 仮に菅が前記(一)で主張した代理権を有していなかつたとしても、同人は昭和三四年一一月二八日京浜糖業の代表取締役に就任したので、信義則上自らのなした無権代理行為の追認を拒むことができず、右代理行為は右就任の時点で有効であることを確定した。
3 しかるに控訴人株式会社新星社(旧商号宝不動産株式会社、以下「控訴人新星社」という。)は、本件土地建物につき、千葉地方法務局旭出張所昭和三七年八月一一日受付第三二四六号の所有権移転登記を、控訴人新生実業株式会社(以下「控訴人新生実業」という。)は、本件土地建物につき、右同法務局出張所昭和四三年八月二日受付第五〇三六号の所有権移転請求権仮登記をそれぞれ有している(なお、右仮登記ははじめ太陽興業株式会社が取得したものであるが、同社は昭和四八年一〇月三日山王実業株式会社に吸収合併され、次いで右会社は昭和五一年三月三日控訴人新生実業に吸収合併されたものである。)。
4 いそは昭和四八年七月二日死亡し、被控訴人藤左衛門、同嶋田八重子、同嶋田藤一郎((以上三名を以下「被控訴人ら」という。)が、右いそに属した一切の権利義務を持分各三分の一の割合により相続した。
5 控訴人らは、被控訴人らの本件土地、建物の所有権を争つている。
6 よつて被控訴人藤左衛門は、所有権に基づき控訴人らに対し本件土地の所有権の確認を、控訴人新星社に対し、右土地につき前記同控訴人の所有権登記の抹消に代え当審における新請求として、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を、控訴人新生実業に対し、右土地につきなされた前記所有権移転請求権仮登記の抹消登記手続を、被控訴人ら三名は共同所有権に基づき、控訴人らに対し、本件建物につきそれぞれ三分の一の持分を有することの確認を、控訴人新星社に対し、右建物につき前記同控訴人の所有権登記の抹消に代え当審における新請求として真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を、控訴人新生実業に対し、右建物につきなされた前記所有権移転請求権仮登記の抹消登記手続をそれぞれ認める。
二 控訴人らの本案前の申立についての主張
被控訴人らと控訴人新星社との間には、本件建物に関し被控訴人らの本訴請求と同一の請求を内容とする訴がすでに係属しているから(千葉地方裁判所八日市場支部昭和四五年(ワ)第三五号事件、その控訴審は東京高等裁判所昭和四八年(ネ)第一五三四号事件)、本訴のうち本件建物にかかる部分は、二重起訴に該当し、不適法である。
三 請求原因事実に対する控訴人らの認否
請求の原因1、3ないし5の事実は認める。同2の(一)の事実は否認する、同(二)の事実は認める、同(三)のうち菅が昭和三四年一一月二八日京浜糖業の代表取締役に就任した事実は認めるがその余の主張は争う。
四 控訴人らの抗弁
1 旧島藤はいわゆる同族会社であるが、被控訴人藤左衛門はその代表取締役であり、いそは同被控訴人の母であつて同会社とは一体とみられるところ、同会社は昭和三三年九月四日破産宣告を受け、その手続が進行申であつたから、右いそらは破産手続の進行に協力すべき義務があるにもかかわらず、これをなさず却つて、抵当権者、債権者等の犠牲のうえにひとり自己の利益を図る目的で、しかも債務者は競落人となれないという定めを脱法するような、その主張する本件土地、建物の売買あるいは贈与等の契約を締結したのであるから、右契約は公序良俗に反し無効である。
2 京浜糖業は、本件競落許可決定を得た昭和三五年一二月一〇日ないしはこれに基づく所有権移転登記を経た同三六年一月一四日に本件土地建物の占有を開始し、その後右占有は控訴人新星社に承継され(占有の態様は会社の社員寮として、会社役員三浦永太郎、野原弘が使用)、同四五年一二月一〇日ないし同四六年一月一四日にも右控訴人は本件土地建物を占有していた。そして京浜糖業は競落により本件土地、建物の占有を開始したものであるから自己に所有権があると信じるについては過失はなかつた。よつて控訴人新星社は本訴において取得時効を援用する。従つて被控訴人らは本件土地、建物の所有権を失なつた。
3 被控訴人藤左衛門及びいそ(その承継人たる被控訴人ら)は、京浜糖業が前記本件土地、建物を競落した時点ないしその旨の登記を経た時点において同会社ないしその承継人たる控訴人らに対し売買、贈与等に基づくいわゆる債権契約上の所有権移転登記請求権を行使しえたのに、昭和四六年八月四日提起の本訴に至るまで一〇年以上の間その行使を放置した。よつて控訴人らは本訴において消滅時効を援用する。
4 被控訴人らの本訴請求は、前記のようにその内容である権利の行使が可能となつた時から一〇年以上も経過した時点で提起され、その間本件建物に関し前記の別事件が裁判所に係属し、右訴訟手続に併せて本訴請求も行使しえたのにこれをなさず、しかも被控訴人らは本件土地建物の所有者としての義務を一切負担せず、公租公課、修理修繕等の管理も全部京浜糖業、控訴人らに負担させ、旧島藤、被控訴人藤左衛門らが事業に行き詰り、困窮の状態にあつたとき、京浜糖業、控訴人らの菅を代表とするいわゆる共和グループに助力を得ながら、その恩義を忘れ、その後菅がいわゆる共和製糖事件で起訴され身心共に窮地に陥入つた際、これに乗じて本訴請求がなされその動機に不純なものがあり、本訴請求は信義則に反し、権利濫用として許されない。
5 被控訴人らの主張する京浜糖業と被控訴人藤左衛門、いそ間の契約が贈与契約であるとしても、同会社は、後記のごとく本件土地、建物を控訴人新星社に対し売却し、その時点において右贈与契約を取り消した。仮にそうでないとしても控訴人らは京浜糖業に対する債権者として同会社に代位して本訴において右贈与契約を取り消す。書面による贈与であつても、また贈与の履行後であつても、前記のように受贈者に忘恩行為のあるような場合は、取消すことができる。
6 控訴人新星社は京浜糖業から昭和三六年九月二五日本件土地建物を買受け、同三七年八月一一日その旨の登記を経由し、控訴人新生実業は、同四三年七月三一日控訴人新星社との間で売買予約を締結し、同年八月二日その旨の仮登記を経由した(以上の各登記は被控訴人らが請求原因3項で主張する各登記である。)。よつて被控訴人らは本件土地、建物の所有権の取得をもつて控訴人らに対抗しえない。
五 抗弁事実に対する被控訴人の認否
1 抗弁1の事実のうち、旧島藤が同族会社であり、被控訴人藤左衛門がその代表締取役であつたこと、いそが同被控訴人の母であつたことは認めるがその余の主張は争う。
2 同2の事実は否認する。本件土地建物は、京浜糖業が競落する以前から現在に至るまでいそ、被控訴人藤左衛門らが占有し、京浜糖業、控訴人らが占有したことはない。
3 同3の主張は争う。
4 同4の主張は争う。
5 同5の事実のうち、京浜糖業が本件土地建物を控訴人新星社に対し売却した時点において贈与契約を取り消した事実は否認し、その余の主張は争う。
6 同6の事実のうち各登記が経由された事実は認めるがその余の事実は否認する。
六 被控訴人らの再抗弁
1 抗弁5に対し、
(一) 被控訴人らの主張する贈与契約は書面によるものであるから取り消しえない。
(二) 右契約は履行ずみである。すなわち、いそ、被控訴人藤左衛門は右契約締結の昭和三四年五月一日以前から本件建物に居住し、ひいて本件土地を占有していたものであるが、すでに占有している者に対して贈与するときは、その贈与の時点で右契約に基づく債務の履行は完了したものとみるべきである。
2 抗弁6に対し、
(一) 京浜糖業と控訴人新星社との間の売買契約、控訴人新星社と同新生実業との間の売買予約はいずれも右当事者間の通謀虚偽表示によるものである。
(二) 京浜糖業及び控訴人らはいずれもいわゆる共和グループに属し、菅が自ら又は持株会社を介してその株式の全部を所有し、全面的にこれを支配するものであり、従つて右会社はいずれも実質的には別個の人格ではない。
また京浜糖業のいそに対する本件建物、被控訴人藤左衛門に対する本件土地の譲渡の意思を決定したのはいずれも菅であり、また本件土地建物について京浜糖業から控訴人新星社への売買、同控訴人と控訴人新生実業との間の売買予約の意思決定はいずれも菅がなしたものである。従つて控訴人らはいずれも京浜糖業といそ、被控訴人藤左衛門間の譲渡についての一切の事情を知悉して右売買あるいは売買予約をなしたものであるから背信的悪意者に当たる。
従つて控訴人らは、いそ及びその承継人たる被控訴人ら、被控訴人藤左衛門に対し、登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者に当たらない。
第三 証拠<略>
理由
一控訴人らは、被控訴人らの本訴請求中、本件建物に関する部分についてはすでに同一請求を内容とする前訴が係属しているから、二重起訴として不適法であり却下すべきであると主張するが、<証拠>によると、控訴人らの主張する前訴とは、原告・本件控訴人新星社、被告・いそ(その訴訟承継人本件被控訴人ら三名)で、その請求の内容は、同控訴人に所有権があるとして、その所有権に基づく本件建物の明渡であることが認められ、本件とは訴訟物を異にすることが明らかであるから、控訴人らの前記主張は失当である。
二請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
そこで請求原因2(一)の事実について判断する。
1 甲第一号証は、<証拠>によれば、京浜糖業の実権者で、同社代表取締役尾畑清爾から同社を代理する一切の権限を委ねられていた菅貞人が直接本人名義で作成したものと認められ、<証拠判断略>。
<証拠>を総合すると、次の事実が認められ<る。>
(一) 旧島藤は、被控訴人藤左衛門をはじめとする嶋田一族の同族会社であり、右藤左衛門の先代政蔵が昭和二〇年右会社を設立以来千葉県海上郡嚶鳴村後草二三四二番地に本店を置き、各種澱粉の製造販売を業としていたが、昭和三二年はじめごろから営業成績がふるわず、同年八月二〇日手形の不渡を出すに至つたので、同年一〇月一五日債権者の集会が開かれて、再建の方針が打出され、右再建の方法として、同会社の人的機構ならびに工場施設等を利用して生産を継続するため昭和三三年七月二八日新島藤が設立されたが、一部債権者から破産申立がなされ、一方旧島藤からは和議の申立がなされるなどの経過を辿り、この間昭和三三年五月ごろ、被控訴人藤左衛門は、いわゆる共和グループの総帥である菅に対し、島藤再建に協力してほしい旨を申し入れたところ、かねて葡萄糖業界への進出を企図していた菅は好機と見てこれに協力を約して、新島藤の全株式を払込み、配下の尾畑清爾を代表取締役に据え、新島藤を事実上掌握するとともに、旧島藤の工場施設等を早急に入手してこれを担保として農林漁業金融公庫からの金融を得ようと考え、そのためには、島藤再建のため個別に旧島藤の債権者との間で、旧島藤の債務を処理するよりも、むしろ旧島藤に対する破産手続を促進し、競落によつて旧島藤の施設一切を入手することを企図した。
(二) ところで本件建物及びその敷地は、旧島藤工場施設と隣接し、これとともに千葉銀行等旧島藤の債権者の債権の共同担保とされて、千葉銀行の申立により昭和三三年一二月九日競売開始決定がなされていたが、いそは長年嶋田家の母家として本件建物に居住し、本件建物に対する愛着も一入であつたので、被控訴人藤左衛門らは、本件建物とその敷地だけはなんとか入手に渡らないようにしたいと考えてこれを菅に申入れていたところ、菅は被控訴人藤左衛門に対し、旧島藤が和議申立の取下げをなし、破産手続の促進に協力するならば、将来京浜糖業(新島藤の社名を変更したもの)が旧島藤の工場施設等を一括競落入手したうえで、本件建物及びその敷地はもとの所有者であるいそ及び被控訴人藤左衛門に返してやると約束し、被控訴人藤左衛門は、菅貞人の右の約束を信じて昭和三三年八月八日旧島藤の和議申立を取り下げた。右約束に関して、菅は、被控訴人藤左衛門に対し、本件建物及びその敷地を、京浜糖業が入手後すぐに旧所有者であるいそや被控訴人藤左衛門の名義に返したのでは、また旧島藤債権者の追及を受ける虞れがあるから、他の信用できる親族の名義にしておいた方が安全であると言い、被控訴人藤左衛門は名義を借りる者として弟の由松の名を出した。
(三) 菅は前記のように京浜糖業の実権を握り、代表取締役の尾畑清爾は同社を代理する一切の権限を菅に委ねていたものであるが、菅は被控訴人藤左衛門との前記約束等に基づき、昭和三四年五月一日ごろ、本件建物の敷地として、「千葉県海上郡海上町後草字卒甲二、三四三番の一一 宅地五二三坪、同所二、三四三番の八 一 宅地三一坪、同所二、三四三番の四 一 五七坪六合七勺、同所二、三四三番の九 一 宅地 一六坪三合三勺」と、本件建物として「同所二、三四二番の五所在、家屋番地 一一五番の五 一 木造瓦葺平家建居宅 建坪五二坪五合」と記載し、これらを代金一八万二〇〇〇円で、京浜糖業が嶋田由松に売渡す旨を記載した上、売主として京浜糖業株式会社代業取締役尾畑清爾の記名及び代表取締役と刻まれた印による押印をした不動産売買契約書(嶋田由松の押印がなされる前の甲第一号証)を作成し、そのころ本件建物にいそ及び藤左衛門を訪ね、本人及びいその代理人としての被控訴人藤左衛門にこれを手交し、同被控訴人はこれを受領した。被控訴人藤左衛門としては本件建物と敷地を無償で返して貰えるものと期待していたが、契約書記載の代金は物件の価格の一割以下にすぎないと思われたので了承し、茲に双方は由松名義を借用した右契約を合意した。なお右契約書記載の物件の表示は曩に被控訴人藤左衛門が菅に交付してあつた競売開始決定添付目録に拠つたものであるが、右記載の建物の所在地番はその後の敷地の分合筆の結果本件建物の所在地に変更になつたものであり、家屋番号は誤記である。また、敷地として記載された前記土地は、その後他の土地とともに京浜糖業により一括競落され、京浜糖業により合筆、分筆されて、その際本件建物の敷地として客観的に範囲が決つていた土地である本件土地に分筆されて地番、地積が変更したのである。
(四) その後前記のように昭和三五年一二月一〇日本件建物及びその敷地を含む旧島藤工場施設等につき、京浜糖業に対する競落許可決定がなされ、翌三六年一月一四日本件建物及びその敷地につき、京浜糖業のため所有権取得登記がなされた。
以上の事実が認められる。
2 右認定の事実を総合すれば、菅が被控訴人藤左衛門に不動産売買契約書(甲第一号証)を交付し、同被控訴人が受領した時点において、京浜糖業といそ及び被控訴人藤左衛門との間で、京浜糖業が本件建物等を競落により取得したときは、右建物をいそに、本件土地を被控訴人藤左衛門にそれぞれ譲渡する旨の贈与あるいは売買ないしは右両者の性質を併せた一種の混合(無名)契約(以下「本件譲渡契約」という。)が成立したものと認めるのが相当である。
そして、前記のように、当時本件建物はいその所有、本件土地は被控訴人藤左衛門の所有で、競売手続中であり、京浜糖業が旧島藤の工場施設等とともに一括競落することを予定していたのであるから、右譲渡契約は第三者の物の売買に準ずる実質を有し、これにより、京浜糖業はいそ及び被控訴人藤左衛門に対し本件建物及び本件土地につき競落によりその所有権を取得する義務を負担し、京浜糖業がこれらの所有権を取得したときは、その所有権は当然にかつ直ちにいそ及び藤左衛門に移転することが約されたといわねばならない。
三請求原因2の(二)の事実は当事者間に争いがないから、京浜糖業の右競落とともに、いそは本件建物を、被控訴人藤左衛門は本件土地の各所有権を取得したことになる。
そして請求原因3ないし5の事実は当事者間に争いがない。
四そこで控訴人らの抗弁を順次判断する。
1 控訴人らは、京浜糖業といそ及び被控訴人間の本件土地建物の譲渡契約は公序良俗に反し無効であると主張するが、右契約によつて本件土地建物等の競売及び破産手続にいかなる支障が予想され、また生じたかの主張・立証もなく、控訴人らの主張する事実をもつてしては右契約を無効たらしめる事由とはなし難い。
2 控訴人らは、控訴人新星社は本件土地建物を時効により取得し、その結果被控訴人らはこれが所有権を喪つた旨主張するが、京浜糖業ないし控訴人新星社が本件土地建物を占有していたものとは認められず、却つて終始いそがこれを占有していたことは、<証拠>によつて明らかであるからその余の点を判断するまでもなく、右主張は失当である。
3 控訴人らは、被控訴人らの本訴請求中登記請求権は時効により消滅した旨主張するが、被控訴人らの各登記手続請求はいずれも所有権を原因とするものであることは本件記録上明らかであるところ、所有権に基づく登記請求権は所有権を喪失しないかぎり、これと離れて別途に時効にかかることはないから、右主張も失当である。
4 次に控訴人らは、被控訴人らの本訴請求は権利濫用である旨主張するが、<証拠>によると、被控訴人らは、控訴人新星社が被控訴人らを相手方として提起した前記千葉地裁八日市場支部昭和四五年(ワ)第三五号(その控訴事件・東京高裁同四八年(ネ)第一五三四号)建物明渡請求事件において、本件土地建物の権利を主張していることが認められ、また被控訴人らが殊更菅の困窮に乗じて本訴を提起したと認めるに足る証拠はなく、その他控訴人らがるる主張する事実をもつてしては未だ権利濫用と認めるには不十分であるから、右主張も失当である。
5 さらに控訴人らは、京浜糖業は昭和三六年九月二五日に同社といそらとの間の本件土地建物の譲渡契約を取消した旨主張するが、これを認めるに足る証拠はないばかりではなく、もともと右譲渡は単に贈与の性質を有しているばかりではなく売買の要素をも含んでいること前判示のとおりであるから、民法五五〇条の取消(撤回)権が認められるものかについて疑問があるのみならず、また仮にこれが肯定されるとしても、右譲渡契約は不動産売買契約書によつて書面化されていること前記認定のとおりであり、また、右譲渡の当時いそが本件建物に居住し、ひいては被控訴人藤左衛門のため本件土地をも占有していたことは、前記認定によつて明らかであり、すでに占有している者に対し贈与したときは即時履行を終つたものと解するのが相当であるから、控訴人らの主張は失当である。なお、忘恩行為による取消の主張についても、その前提事実について立証があるとはいえないので、採用の限りではない。
6 最後に控訴人らは、控訴人新星社は京浜糖業から本件土地建物を買い受け、また控訴人新生実業は控訴人新星社との間でこれが売買予約を締結し、いずれもその旨の登記を経由したものであるから、被控訴人らの本件土地建物の所有権の取得につきその登記の欠缺を主張しうべき正当な第三者に当たり、被控訴人らは登記なくしては控訴人らに対しその所有権を主張しえない旨主張するので判断するに、<証拠>を総合すると、控訴人らの主張するとおりの本件土地建物についての売買契約、売買予約が締結された事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
五そこで被控訴人らの再抗弁について判断する。
1 被控訴人らは、京浜糖業と控訴人新星社との間の本件土地建物の売買契約等は、通謀虚偽表示によるものであると主張するが、右事実を認めるに足りる適当な証拠はないから、その主張は採用できない。
2 次に、被控訴人らは、控訴人らが被控訴人らの登記の欠缺を主張する正当な利益を有しないと主張するので、この点につき判断する。
<証拠>を総合すると、京浜糖業及び控訴人らは、いずれもいわゆる共和グループに属し、その殆んど全株式を菅が所有する株式会社であり、代表取締役その他形式的な会社の機関が具備されてはいるが、重要な事項の決定はすべて菅の左右するところであつて、菅の完全支配下にあたつたこと、京浜糖業の本件土地建物の取得後、被控訴人藤左衛門は何度か菅に本件土地建物の所有移転登記の履行を求めたが、菅は口実をかまえ、或いは控訴人新星社名義で保管しているから安心するように等と言つて、履行しなかつたことが認められ、これに反する証拠はない。
右事実関係によれば、控訴人らは、その支配者である菅により、京浜糖業が本件譲渡契約ならびに競落により本件土地建物の所有権をいそ、被控訴人藤左衛門に移転ずみであることを知悉したうえで、重ねてこれを取得し或いは取得の予約をしたと認めるほかなく、且つ控訴人らがいそ及び被控訴人藤左衛門に対し登記なきことをもつてその所有権取得を否認することは信義則上到底許容し得ないものというべく、すなわち控訴人らはいわゆる背信的悪意者に当るから、被控訴人らは登記なくして本件土地建物の所有権取得を控訴人らに対抗しうると解すべきである。
六よつて被控訴人らの本訴請求(附帯控訴に基づく新請求を含む)はすべて正当というべきである。被控訴人らの請求(附帯控訴に基づく新請求を除く)を認容した原判決は理由を異にするがその結論において正当であるから控訴人らの控訴を棄却することとし、附帯控訴に基づく新請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(田中永司 宮崎啓一 岩井康倶)
物件目録
一 千葉県海上郡海上町後草字卒甲二、三四二番の八
宅地 1,722.24平方メートル
二 右同所
家屋番号 一一五番二
木造瓦葺平家建居宅
床面積 173.55平方メートル